死んでいるのと同じ



 目を覚ますと、鼎(カナエ)が目の前にいた。
「おはよう」
「おう……、なんだい」
 目の前、というよりも、真っ直ぐに仰向けに寝ていた僕の膝の上に、彼は乗っているのだった。それに気がついた途端、彼の重みを感じ、実際に乗っているのが膝の関節の部分だったものだから、それが軋むのを感じて僕は一気に覚醒する。痛みは人を目覚めさせる。精神的にも、肉体的にも。拷問を始めると神経が冴える。拷問を繰り返すと神経は痛みを遮断するようになる。巧く出来ているのだ、人間というものは。
「またなんだか、考えながら寝ているなあと思って」
 鼎は言う。いつも骨盤が目立つ彼の腰に見合った肉付きの悪い尻が、膝に当たる。
「痛い」
「そう」
 僕が訴えても鼎は頷くだけで動いてはくれない。
「何を考えながら寝てたの」
 空いた手で枕元の目覚まし時計を見ると、まだ六時前である。勿論朝だ。起きるには早過ぎる。あと二度寝して、三度寝してもお釣りが来るくらいだ。基本的にスローペースでマイペースな人間なのである、僕は。起き抜けの、非常に気持ちが良いはずの時間帯を邪魔されて、僕は自分が決して機嫌が良くないことを感じ始めている。眠りを妨げるものは許してはならない。この場合のモノは有機化合物のみが含まれると解釈されるべきだろうか。
「何も。夢を見ていたかな、思い出せない」
「嘘。寝言、言ってたもの」
 ここで見てたから、と鼎は表情の乏しい顔で首を傾げる。いつからお前は人の上に乗っていたんだ。
「お前が寝ている人の上に乗ったりするからうなされたんだろうが」
「知らない」
 僕は手を伸ばして鼎の頬に触れようとする。彼は僕の指を掴んで握り締めた。これも痛い。
「なんで寝ている人の機嫌を伺わなきゃいけないのさ」
 死んでるのと同じなのに。
 鼎は突然仏頂面を作って言う。明らかに作った表情だったものだから、僕は小さく吹き出してしまった。
「なに」
「いや……、おはよう」
「それはもう言った」
「言ってないと思う、聞いたけれどね」
 どうやら目が覚めた瞬間に僕は目が覚めていたのだと分かった。
「……うん」
 また俯いて、鼎は頷く。それでも彼は、まだ僕の上から退いてはくれない。
「そろそろ、退いて」
 痛みがあるうちはまだマシだ、これが痺れてくるようになると健康的によろしくない。僕は再三、訴えたが、
「嫌だ」
 鼎はそのまま、こちらに倒れこんできた。頭突きは免れようと、顔を横に押し遣る。ばふん、と軽い音を立てて、鼎の頭は枕に落ちた。下半身は未だ、僕の上である。鼎、と彼の名を呼んだ。しばらく、返事がない。もう一度呼ぶ。枕に埋めた小さな頭から響くように聞こえてきたのは、
「眠いから、寝る」
「いや、退いてくれって」
「嫌だ」
 まるきり子供である。朝の機嫌が悪いのはどちらが上だか、分かったものではない。彼よりも少なくとも大人である僕は、やれやれ仕方がないなと、ぽんぽんと彼の背中を叩いて、遅まきながら二度寝を始めることにした。


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