捨て猫テイクアウト



 夜中の街角で、人っ子一人通らないんじゃないかというような真っ暗闇に包まれた界隈。
 仕事でストレスが矢鱈溜まっているときなどは、そういう、人間がやってこないようなところを意識して選んで歩いてみたりする。特に意味はない。ただ、そうすることによって、個人的に……、本当に個人的に、救われるような気がするだけなのだ。誰かに救ってもらう、というものでもない。自分で自分を救うことが大抵の場合、非常に困難だと分かっているのは承知の上で、意図的に逃げ道を打つだけのことだ。
 だから、別段、何かに期待しているというものでもない、何か、特別な、格別な出会いなどがあればな、と思わないでもないが、そうそう、何かと都合のいいようには世界は個人に働き掛けてはくれないものなのだ。それを私自身、よく分かっている。そうでなければ、ちまちました仕事のストレスなどが鬱積などするものか。
 そうして光よりも闇が重積しているだろう界隈を、とぼとぼと歩く。しばらく行くと、人が座り込んでいるのが見えた。恐らくは雑居ビルが廃墟になったものであろう建物の入り口、中二階への階段に腰を下ろして、何かを眺めているでもなく、何かを探しているわけでもなく、何かを求めているわけでもなく。そう私が勝手に決め付けただけだ、無論、それは。誰が何処で何をしていようが、それはその者の勝手だ。
 それが私と同じような、人であるならば、だが。
 それは恐らく、人間ではないのだった。年の頃、14、5の少年のようにも見える。長袖のシャツに同色のズボン、褪せた靴を履いて、座り込んでいる少年の腰からは、しかし、獣を思わせる尻尾が伸びて、ゆらゆらと動いているのだった。それは人が冗談で付ける衣装ではない。不思議と、そんな確信が外れたことはないのだ。
「きみ」
「はい、……あ、あのっ、いえっ……」
 呼び掛けると、獣の少年は返事をして、しかし、即座に否定をした。
 否定の言葉だったのだろうか、それは、慌てて答えたがために口癖のような吃音が飛び出したかのように聞こえたので、私はもう一度問い掛けてみる。
「何をしているんだい、きみは、ここで」
「いえっ、あの、その……」
 少年は私の顔を真っ直ぐに見た格好のまま、あわあわとまともな返事が出来ないままでいる。私と話を続けていいのか、私の存在をきちんと眼前に認めているのか、全く分からない。いやしかし、どうやら単なる人見知りらしいと踏んだ私は、彼に向かって手を伸ばした。
「おいで」
「え、あ、あのっ」
 未だ、普通の返事が得られていないことを脇へ寄せて、私は少年の手を、指を掴みあげる。みすぼらしい格好をしている割には、その指は滑らかで長く、爪は欠けたり尖ったりすることなく、綺麗だった。人工的に彩られた美しいものよりも、暗闇にうずくまる綺麗なものの方が、私は好きだ。
「待っていたんだろう? 誰かを」
 最早、彼の返事を待つ必要はないと、私は彼の腕を引き寄せ、少年を立ち上がらせる。そうだ、誰でも良いのだ、それは。きっと、何でも、何だって良い。私がそうであるように、少年もそうであるのだ。私の肩ほどまでしかない小柄な少年は、ますます小さな態度でもって、私の目を見返した。彼の瞳が私の光も闇も映し出さないのがその唯一の根拠である。
「あの、あのっ……」
「いいから。何も答えなくていい」
 イエスもノーもなしにさらっていくのも面白いかもしれない。私はそんなことを考えている。獣の少年が存在する理由など、何処にも存在しない。同様に、彼が何処にも存在してはいけないという理由も、等しく、ないのだ。そうであれば、今、ただひとり、彼の存在を認める私がここに存在してはいけないという道理も、ないではないか。だから、私は自由だ、何者にも増して。


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