テイクアウト



 退社間際に、倉庫に行くと、そこに莫迦でかい段ボール箱があった。
 そこには張り紙がしてあって、
「いらないので、誰か持って帰ってください」
 とある。
 箱の中には、膝を抱えて白根が座っていた。
 仕事はどうした。もう帰ってもいい時間ではあるが。
「……なんだよお前」
「いやあ……、捨てられちゃった」
 見上げて、へらりと笑う彼の顔には、血の気が少ないような気がする。
「誰にだ。彼女か」
 冗談めかして言うと、
「誰だよ、俺の彼女って。いたら教えて欲しいよ、俺が」
「そうだな」
 また薄い笑みが帰って来て、僕は不安になる。
「こんなところで、何をしてる」
「だから、捨てられちゃったんだって」
「だから……、誰にだ」
「彼女にではない。取り敢えず出して」
「それは分かってる」
 手を延ばしてくるので、答えながら引き寄せる。意外とすっぽりと箱の中に納まっていた白根は、よっこらしょいと掛け声を出して段ボール箱から脱出した。そうしながら、よくある社内の苛めですよ、などと尋常ではないことをさらりと口にする。同僚苛め、部下苛めなどというような陰険なことがまだこの世に存在するのかと僕は目を剥いた。
「嘘だろ」
「まあ、嘘なんですけどね」
 あっさりと掌を返す白根の表情からは、真相が見て取れない。
 そうなのだろう、きっと。人当たりは悪くない、与えられた仕事はきっちりこなす。自ら仕事を選び、探し、貢献するタイプの白根に、敵は少ないはずだ。それなりにソツなく、を地で行く僕が思うのだから間違いない。しかし、誰が誰をどう思っているのかは、外見からでは分からないから、僕はしばし迷ったのだ。
「でもま、今日の仕事もきっちり終わらせてきたし、心残りはないかな、と」
 膝についた埃を払いながら、白根は僕を真っ直ぐに見た。
「じゃあ、帰りましょう、ご主人」
「誰がご主人だ」
 僕は溜め息を吐いてそっぽを向いた。段ボール箱に張られた紙の筆跡は、間違いなく白根自身のものだ。別段、『拾ってくれる』相手は僕でなくても構わないのだ。そういうことなのだろう。いい年をして、口実なのだ、これは。食うか、飲むか、それとも遊ぶか。どうしようか、と僕はこの後の行動について思いを巡らせている。
「まあいいさ、たまには厄介事も引き受けよう」
「誰が厄介事だ」
 懲りずに白根は眉根を寄せる。
「お前だ、僕(シモベ)。今日の飯はお前が作れ」
「急にご主人らしいですね、ご主人」
「はいはい、御託はいいから帰ろうぜ」
 段ボールの張り紙を剥がして、僕は白根の背中を押した。


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