眠れない夜にふたり



 眠れなかったので、少年に会いに行くことにした。
 いつもの広場に少年はいる。
 誰かを待っているような寂しげな視線を虚空に向けて、上から下まで真っ黒か、真っ白か、そのどちらかの姿で。こんな寒い夜には、大抵、脱いだピーコートを腕に下げて、芝生の広場に座り込んで。その瞳に移るものを誰にも悟られないように。その胸に秘め、或いは掲げる思いを知られないように。けれどもその内側に苦悩が詰め込まれていることを僕は知っている。
 ハンカチに包んだガレットをセカンドバッグに入れて、僕は少年に会いに行った。
 未だ真冬には遠いとはいえ、夜中の空気はしんと冷えて、りんと張り詰めているようだ。そんな中、少年は、いた。いつもの芝生の広場に、全身の力を抜いたように座り込み、真っ白なコートを着込み、フェイクファーのフードをすっぽりと被った彼は、いつも見る彼の輪郭よりも随分と小さく見えて、僕は音を立てないようにそっとその隣に近寄った。
「今日はなに? ガレットかな」
 少年は身じろぎせず僕に向かって問い掛ける。
 その言葉は紛れもなく僕の抱えたセカンドバッグの中身について言及したもので、
「当たり」
 まさか本当に嗅ぎ付けたのではあるまいなと僕は小さく苦笑を交えつつ、
「きみのために精魂込めて焼いてきたよ」
 バッグを開けて彼のためにクッキーを差し出した。
「ありがとう」
 言葉の持つ意味はこれである、というような顔つきでハンカチ包みを受け取ると、
「じゃあ、ぼくもこれをあげる」
 そう言って、彼は足元から銀色の筒を取り上げて僕に掲げて見せた。
「なに?」
「紅茶。ダージリンのファーストフラッシュだよ」
 僕はわざとらしく鼻を鳴らしてみせる。
「ファーストの季節じゃないだろう、もう」
「知ってるよ、言ってみただけ」
 口許を持ち上げると少年は、水筒の蓋を開けて僕に紅茶の香りを分けてくれた。
「昨日も来たよね」
「ああ」
「今夜も来た」
「ああ」
「明日も来る?」
 真夜中のお茶会である。お互いに人見知り、お互いに嘘つき、お互いに寂しがり、お互いに人恋しく。
 お互いに白く、お互いに黒く、お互いに透明に、果ては混沌に。  お互いに何もなく、お互いに、那由多。


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