夢追い人



 最近の大きな悩み事。
 彼女が現実に夢中になるがあまり、私に興味を示してくれない。
 私は彼女の「夢」だったはずのものである。
 そもそもが形として存在しているものではないために、元々、意識的に再現されていたものではなかった私は、彼女にとっては実際のところ、あってもなくても同じようなものであったのだろうと思う。
 けれども、時折、私のことを彼女が思うことがあって、そういうときにだけ、私は私自身が存在してもいいのだと実感することが出来、同時に、彼女に、私の存在を許されているのだと考えることが出来、救われているような気持ちにすらなったのだ。それは彼女にしか出来ないことであったし、私が自分勝手に私の存在の在り方を変えることが出来ないため、という大きな要因が示す背反律でもあったのだろう。
 ところが、である。
 彼女はこのところ、目の前の現実ばかり見ているのである。充実した現実を。
 もう、彼女が私のことを思い返さなくなってどれくらいになってしまっているのだろう。私は、それが「最近」のことであると考えてはいるのだけれど、そもそも、過去や未来という概念とは無縁である私にとっては、それが彼女にとっての数日前なのか、それとも、もう十年も前のことなのか、そんなことも分からないのである。
 だから私は、別段、寂しいとか、彼女に構われたいのだとか、そういう人間臭い感情でもって悩んでいるのではない。それはむしろ、もう、私は彼女にとって必要とされなくなっている、という開放感に近いものであるのかもしれないのだ。
 彼女は、ひとり立ちをしようとしている。現実を、目の前を直視することは大切なことなのだろう。しかし、現実しか見えなくなることによる弊害を、彼女は忘れてしまっているのではないか。私を認識することが出来ていた頃の、あの、現実に対する怯えにも似た警戒心、いつでも油断せずに物事に取り組もうという計画的な自尊心を失ってしまっているのではないのか。それが、私は不安なのである。このまま、彼女が私を完全に認識出来なくなってしまったときに、彼女の側に残るものは、何も言わない「現実」だけになってしまうのではないかと、それが心配なのである。
 しかし、もう、彼女は私を見ることはないのだろうと、私はほぼ確信している。彼女は、もう、私を見ることが出来ないのだ。彼女の「現実」は、もう、定まり始めている。そうしたら、もう、現実を見失いでもしない限り、彼女は私の側には戻ってこない。そして私も彼女の側には戻らない……、戻れない。
 さようならも、言わないまま。それが、私という存在だからだ。


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