白米



 数日前、ルームメイトと喧嘩をした。
 知人友人恋仲家族、何処にでもあるような暴力の出てこない口喧嘩だ。
 けれども、毎日、生活を共にする空間の中でこじれた仲は、修復することは難しくないと分かっていても、事態が収束するまでのしばらくの間、心情的に、どうにも、気まずくて仕方がない。つまりは、仕事から帰ってくるのが気後れするのだ。家に帰るのが嫌だとか、アイツの顔を見るのが苦になるとか、そういうレベルの話ではないのだけれど、社会人でしか分からない微妙な空気の読み合いがあるのだ、やはり。
「ただいまー……」
 そんなわけで、何とはなしに、こっそりと、というような感じで声を掛けながら玄関の扉を開けると、心持ち遠くから返事がした。
「おかえりー。御飯、出来てるよ」
 玄関から伸びる廊下の一番最初の扉、その中の居間からする声である。相方は先に帰宅しており、くつろいでいるらしい。自炊は一日交替で行っているのだが、先日の喧嘩以来、こちらが帰宅したのは実は本日が初日であり、夕飯など、どうしようかと考えていたところだったので、まさかの飯の支度済みに驚く。
「おお……、ありがとう」
 なにが『ありがとう』なのだろう、と自分でも首を傾げながら廊下を奥に進む。
 台所に行くと、成る程、御飯だけが、ちゃんと炊けていた。
 白米である。
 夕飯は作れということか。
 それとも、これを食えということか。
 このままで。これだけで。
 冷蔵庫を覗いても、何か作り置きがあるわけでもない。
 親切か、それとも仕返しか。
 或いは、意趣返しか。
 ありがとう、などと答えてしまった手前、姿勢に高い低いもないのだが、このままではどうしようもないので居間に戻ることにする。居間の中央に置かれたコタツに肩まで潜り込んで、彼はケータイでゲームをしているらしかった。指先を動かし続けながら、彼は口を開く。
「おかえり」
「……ただいま。あの、」
「御飯、あったでしょ。僕はもう食べたから、残さないでいいからね」
 蓋を開けた炊飯器の中には、炊けた白米が水平に残されていた。明らかに『僕はもう食べたから』なんて嘘なのだが、やはり彼は、意図的に、白米オンリーで相手に食わせたいらしい。悪戯か、それとも苛めか。いい大人が、全く。
「ああ、じゃあ、そうする」
 顔を合わせないまま、居間を後にする。
 台所に戻りながら、簡単に作れる夕飯のレシピを脳内で検索する。確か収納にカニの缶詰があったはず……、これで豪華な炒飯でも作るか。怒られるだろうか。いやいや、今日はもう、彼とは口を利かないことにした。人一倍、気分屋であるくせに、それが顔に現れてこないからタチが悪い。お互い様だ。
 しかしまあ、2合炊かれている白米を2人前のカニ炒飯に仕立て上げて、その半分を台所に残しておくくらいでは奴も何も言うまいな、と思い直し、景気付けの缶ビールを冷蔵庫から取り出すことにする。本当、お互い様だ。


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