再会



「じゃーん! 半年振りにやってきたよ! お久しぶりー!」
 秋の名残りもそろそろ終わりか、という寒い日の夕方。ドアを開けると、なんだか派手派手しい格好に身を包んだ高校生くらいの子が両手を広げて叫ぶように言った。
「……どちら様?」
 正直、全く知らない相手だったので、僕はドアスコープで確認してから扉を開けるべきだったか、と考えながら返事をする。半年振りとか、久しぶりとか言われても、本当に何のことやら。誰だ、お前。
「僕だよ僕。ぼくぼく詐欺じゃないよ! 覚えてないの?」
 おお、新しいな、ぼくぼく詐欺。確かに世の中の男の一人称が全て『オレ』のわけはないのだ。騙される親御さんの30パーセントくらいは息子の一人称もちゃんと覚えていないのではないかと、僕は常々思っているような人間だ。普段から誰に対しても一人称が『私』の男だってごまんといるぞ。
 大体、人と会った一番最初の瞬間に「じゃーん」はないだろう、『じゃーん』は。
「覚えてない。というか、全然知らないから。人違いだよ。隣じゃないの?」
 確かこのマンションの僕の隣は学生だったはずだ。その能天気な友人だか親戚だか知り合いだか、そんなところなのだろう。そんな風に考えて答えてやると、少年は思いっ切り、という言葉が似合いそうなくらいに愁傷な顔をしてみせる。
 黒いジャケットに赤いシャツ、カーキ色のカーゴパンツに黒いレギンス、ハイトールのスニーカは緑色だ。物凄い配色だが似合っているのがまた物凄い。そんな見た目でシャギーが入ったみたいなアッシュグレイの猫っ毛で目鼻立ちが整っていれば、如何にも子供っぽさが抜け切れていない顔の作りをしている少年は、なんだかコミックか何かか抜け出てきたかのようで、現実感に乏しい。稀に、そういう人間が、ちゃんと現実にもいるのだ。
「1118号室でしょ、ここ」
「ああ」
 扉にも書いてある部屋番号を彼が言うので頷くと、
「じゃあ、合ってる。お邪魔しまーす」
 少年はそれこそ、猫が路地裏を抜けて歩くようにするりと僕の横を通って部屋に入ってしまう。
「おいおい、おいおいおい……」
 なんだこいつは。
 なんなんだこいつは。
「待てよ」
「わあ、相変わらず散らかしてる部屋だねえ。乾燥する季節だから服とか放っておくと直ぐに皺になっちゃうよ」
「待てって」
 僕は、どんどん部屋の奥に入って物色でも始めようかという少年の腕を掴んだ。
「やっぱり、お前のことなんて、知らないぞ」
「そんなことないって。半年前に、『また半年後にね』って言って別れたじゃない」
「そんな約束……」
 した覚えはない、そう言おうとして、しかし、僕は口に出来ない。基本的に「他人との約束」が苦手というか、得意でないというか……、とかく、他人の発言を覚えておくことが出来ないタチの人間なので、口約束は好きではないのだ。オマケに人の顔を覚えるのも苦手ときている。これで一端の社会人気取りなのだから失格もいいところだ。これは頭の出来がどうとかいう話ではなくて、現実に対して危機感が乏しいためなのだろうけれど。
「したでしょ」
 少年は、腕を掴まれたまま、他に何を信じる、とでも言うような顔で僕を見遣る。
「……名前を言いなよ」
 思案した末、僕は問う。
 振り返って、ふと真顔になった少年は、短く答えた。

「フユ。冬だよ……、思い出した? お久しぶり」


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