模倣犯



 目が覚めると、そこは見知らぬ部屋のようだった。
 何のためのものか分からない機械がそこかしこに置いてある。工場なのか。
 寒い。物凄く寒い。冷凍庫か何かの中なのか。
 何かにぶら下がっている。手首に痛みを感じて見ると、腕輪がはまり、鎖で吊るされていた。
 足元には茶色い板。靴は脱がされており、裸足の裏がぬるぬると滑る。何だ、この板は。
 板は一辺が100センチほどだろうか、鉄骨で固定されており、端には爪先が届かない。
「やあ、カズイ。ゲームをしよう」
 突然、男の声がした。肉声ではない。録音された音声を再生されたような。
 ゲームだと? こうして人を吊り下げて、鎖で監禁して、それはゲームをするためだというのか。
「お前は他人を省みず、過去を顧みず、自分の利己のみを糧に生きてきた。
 誰かが生きるためには、誰かの犠牲を伴わなければならない。それをお前は常に強いてきた。
 他人の痛みを知るものであるのなら、それも許されるだろう。だが、お前は違う。
 お前はただ、自分に苦痛が訪れるのを避けるためだけに、他人を盾にし続けてきたのだ」
「黙れ! 知ったようなことを言うな!」
 ついそう怒鳴り返したが、男の声は止まらない。こちらの声が聞こえていないのだろうか。
「今日は私が、私の利己のために、お前を試すとしよう。
 お前の足元にある板は、木でも、鉄でもない。……紙で出来ている」
 そして、一枚の紙の上に、砂糖菓子のマットを作って敷いてあるものだ。厚さは30センチ」
 紙! 人間一人を支えている紙とは、厚さが何センチあるというのか。
 だが、それがどうしたというのだ。ゲームとは、一体。
 裸足の足の裏がぬめるのは、その砂糖が体温で溶けつつあるから、ということか。
「気づいているか? お前の首には、お前自身の命を握る首輪が付いていることに」
 そう言われて初めて、革で出来た首輪が首元に巻きついているのが分かった。
 どうやら首輪に付いたロープか何かが、後頭部から頭頂、そして……、どうやら、天井へ伸びている。
 今はまだ頷くことくらいは出来るが、このまま足元が溶けて30センチも下がったなら…。
「お前がそこで何もせずにいれば、お前はその首輪に命を奪われることとなる。
 しかしそこから逃れる方法はある。そのマットの15センチ下は、一面がカミソリで出来た剣山となっている。
 そして20センチ下には、お前の首輪を外すことが出来る鍵が埋まっている。
 考えろ、それらを巧く使えば、助かる道が生まれる。全てはお前次第だ」
 体温で溶ける、厚さが30センチしかない砂糖菓子のマット。
 その厚みが半分になったところにある、カミソリの剣山。
 冷凍庫と思しき部屋。痛みを伴うことで生まれる、脱出の機会。
 莫迦な。
 なんて莫迦なことを考えるのだ。
 そんなことで、人を窮地に追い込んで、操って、それでどうなるのだ。
 それこそ自分勝手だ。利己主義だ。人のことなど言えるものか。
 男の声は全てを無視するかのように、最後の言葉を告げた。
「お前が私の利己のために犠牲となるか、それとも、お前がおまえ自身のために自分を犠牲にするか……。
 決断するのはお前だ。……そうだ、ゲームはもう、始まっている」
 叫び声。己の喉から迸っているのだと気づいたのは、数瞬の後だった。


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