ゴルディアスの結び目



『ちょっと出てこれる?』
 鳥坂からケータイに着信を受けて、近所の公園へ呼び出された。
 用件があるなら電話で言えばいいのに、呼び出すだけとは意味が分からない。
 けれども丁度煙草が切れたところだったので、コンビニへ寄るついでに付き合ってやることにした。
 公園へ着くと、先に来ていた彼も新しい煙草の風を切ったところだった。
「久しぶり」
 同じライターで火を点けあって、
「お互い様にね。で、なに?」
 早速、本題に入る。すると、
「うん、ゴルディアスの結び目、って、知ってる?」
 何の話かと思いきや、ひとつだけ質問を受けた。
 煙草を一息だけ吸う間をもらう。
「……唐突に。知らないよ、そんなの」
「課題に必要なんだ」
 学校のか、と訊くと、そうだと応える。
「別の人に聞けばいいのに……、おっと」
 靴紐が解けていたのに気づいて、僕はその場にしゃがみ込む。
 結び直そうとして、直ぐにあることに気づいた。
「あれ、……切れてるな」
「切れたの? 靴紐って、勝手に切れる?」
「さあね……、結構長く履いてるし」
 そう何気なしに答えながら、しかし靴紐は真ん中から焦げ切れているのに気づく。
 何か、切れ目に白い粉が残っているのが分かった。
「ああ……、コイツのせいか」
 口にくわえたシガレットから落ちた、まだ火がくすぶっていた灰のせいだ。
「煙草なんて、止めればいいのに」
 喉の奥で笑いながら、鳥坂は無駄なことを言う。
「お互い様だ」
 もう二本目の煙草に火を点けている彼に言い返しながら、いつの間に切れたんだろう……、というか、焦がしたんだろうと僕は記憶を辿る。勿論、思い出すことなど出来ない。
「ゴルディアス」
 僕はひとりごち、全然、全く、知識に存在しない単語であることを再確認した。
「思い出した?」
 期待を含んだ問い掛けに対し、
「いや、やっぱり知らない。聞いたこともない」
 僕は全くその気のない返答をする。すると、
「ああ、そう。なら、この話はこれでお仕舞いだ」
 あっさりと鳥坂は両手を広げた。
「このまま遊びに行ってもいい?」
 続けてそう言ったので、どうやら、本当にお仕舞いにするつもりらしい。
 僕は曖昧に頷いておく。
「いいけど。酒と煙草しかないぞ、今のウチの部屋」
「それでいい」
「ああ、そう……、課題は?」
「今直ぐの話じゃないから、大丈夫」
「へえ……」
 もう、彼の話が何処まで本当なのか、全部嘘なのか、それも分からない。
 知りもしない知識を求めるためにわざわざ実力行使をする辺り、彼のしていることがよく分からない。
 けれど、それはある意味、僕の知る彼らしいところでもあるのだということを僕は知っている。
 なので、それはそれで救われているのかな、と思わないでもない。
 なんだか中途半端な夜だな、と僕は中途半端に感じて、次の煙草に火を点けた。
 それこそ、取り敢えず、といった感じで。


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