蚊取り線香



 夜中に目が覚めて起き上がると、見慣れぬ色の煙が布団の横に上っていた。
 蚊取り線香の缶の横に座り込んで、鼎(カナエ)は僕の煙草を吸っていた。
 我が家に似合わないデジタルの目覚まし時計は、まだ夜明け前を示している。
「起きるにはまだ早い時間だぞ」
 そう僕が声を掛けると、僕の前では煙草なんて吸ったこともなかったはずの鼎は、
 ばつが悪そうな顔つきを薄明かりの下で見せる。
「……蚊が五月蝿くて」
 見当違いの答えを口にして唇を尖らせる少年の、
 よく見ればその口元の煙草には火が点いていない。
「ああ、点けてくれたのか」
「なんで変なことでぼくが怒られなきゃなんないのさ」
 煙草の煙だと僕が思っていたそれは、鼎の横にある蚊取り線香の渦巻きから立ち上る煙なのだった。
「ごめんごめん」
 僕は少年の横に擦り寄ると、シガレットをひょいと摘み上げ、線香用のマッチを擦って火を点ける。
「煙草、吸うのか?」
 訊くと、鼎はますます機嫌の悪そうな顔をする。
「……たまにはね」
 蚊取り線香を点けたマッチで、そのまま煙草に点火しようとして失敗した……、そんな感じだ。
 それとも、順番は本来、逆であるべきだったのだろうか。
 僕は気づかない振りをすることに決めた。
「ふうん……、一緒に吸う?」
「吸う」
 煙草の箱にはもう残っていなかったので、仕方なく僕らは一本の煙草を順番に吸った。


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