帰るところ



 夕飯を食ってネットをしてたら、鍵を掛け忘れていたらしい玄関から訪問者。
「はいはい、ただいまー」
 玄関から一直線に、鳥坂が部屋に入って来た。
「おい、お前……、うわッ、顔真っ赤だぞ」
 ほんの数歩で千鳥足と分かる鳥坂は、パソコンデスクの横の僕の足元に座り込む。
「飲んでますよー。飲んでますが何か?」
 というか、殆どへたり込む、といった感じだったので、普通ではないと案じた。
 その息は、はっきり言って、臭い。
 僕は酒飲みではないのだが、はっきり言って、こうまで匂うと『嫌いな匂い』だ。
「何かじゃねえよ。べろんべろんじゃねえか」
「べろんべろんですよーだ」
 悪態をついてやったが、鳥坂はニコニコしている。
「よーだじゃねえ。くせえなあ。こんな時間にどんだけ飲んでんだよ」
「だってえ」
 甘ったれた口調で言い訳をしようとするので、取り敢えず僕はキッチンへと立った。
「だってじゃねえって。ほら水飲め水」
「ありがとーう」
 コップに水道水を汲んできてやると、彼は両手で抱えて飲み干した。
「酔っ払いだなあ全く」
「ああ、美味しかった。水って超美味いよねー」
 ニコニコしている。僕は適当に相槌を打ってやる。
「はいはい、美味い美味い」
「冬の水ってさ、夏の水より美味いよね。なんでだろうねえ」
「さあな。冷たいからじゃねえの」
「あはッ、冷たいって、お前! 冷たいからって! あはははッ」
 唐突に彼は爆笑した。何が何やら分からない。
 あまりにもステレオタイプの酔っ払いで、介抱の仕様もないのだが、どうしたものか。
「なんだよ、何が可笑しい」
「だって! 冷たい! 当たり前じゃん! 冷たい!」
「黙れ! 五月蝿い!」
 余程、引っ叩いてやろうかと思ったが、喧嘩にでもなったら詰まらないのでやめておく。
「黙れ? 黙るよ。黙ってもいいけどさ」
「なんだよ」
 上目遣いで鳥坂は請うた。
「ついでに、煙草も頂戴」
「ついで。はあ、そうかい」
 呆れながらも僕は彼に煙草を分けてやる。
「火も欲しい?」
 多分そうなるだろうな、と訊いてみたら、
「火! 当たり前じゃん! 食べるんじゃないってば! 莫ッ迦だなあ、お前!」
 あっはははは、と、またひとしきり、たがが外れたように笑う。酔っ払いだ。
「はいはい、分かったから。ほら、火」
「ありがと。ただいま」
 ああ、煙草美味い、と煙を吐きながら彼が嬉しそうに言うので、
「おかえり」
 一応、僕は答えておいた。
 別に、ここは鳥坂の家ではないのだが。
 ただいまと言われたら、おかえりと返すのは礼儀だろう。別に僕は酔ってはいない。
 別に普段から、お互いの家に遊びに行くような仲でもないのだ、実際。
 そういう友人のひとりやふたり、誰にだっていると思う。鳥坂も、そんなひとりだ。
 いつもコイツは、自分勝手だ。僕が相手だと、それが特に顕著だと思う。
 もういつものことで、慣れてしまったことだが、面倒見が良いのにも困ったものである。
 自分で言うようなことでもないか。案外、僕も、誰かにとっては、そんな存在かもしれない。


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