死神たちの断章


「芹沢梓」
 鸚鵡返しに名を呟くと、青年の正面に居る彼は頷いた。
「その少年の主を探し出してもらいたいんだ」
 街外れの茶店である。洋卓に向かい合い座るのは、黒を基調とした服に身を包む青年と、それとは対照的に白一色で揃えた服を着た少年。
 青年は怜依、少年は柳という。
 普通であれば、そんな外見だけで変わり者とも思える二人に衆目の視線が向かないはずがないのだが、不思議と彼らの周囲には外界と分断するかのような、奇妙な空気が漂っている。
 或いはそれは、先程から怜依が銜えている煙草の煙によるものなのかもしれない。そう非現実的に思わせる何かが、彼らのはあるのだ。
「少年ではなく、主をか」
 尋ね人に最低限必要な特徴のうち、もっとも個人を特定しやすいのが、その者の名だ。
 しかし、今回は少々、厄介な経緯を辿らねばならないらしい。
「そう。残念ながら、名前は分かっていない。社会的に名を残さない人なんだ、その人は」
「変わった性癖だな」
「茶化さないでよ。ぼくには関係がないことだ」
 冗談のつもりで口にしたことに臆面もなく直裁に反応を見せる柳に、怜依は苦笑を隠し切れない。
「関係がないとは心外だな。ならば何故、俺はお前に呼ばれることになったんだ」
 調子に乗るつもりはなかったが、そんな揶揄が口をついて出た。
「それは…、きみが必要になったからさ。ぼくには手に余るんだよ」
 口を尖らせ、不本意そうにも彼は言う。
「全くだ。お前には似合わない仕事だろうな」
「ぼくが悪いみたいに言わないで」
「仕方がないだろう、それは。信用と信頼の問題だ」
「若気の至り、って奴だよ」
「それを若造が口にしていたら、お仕舞いだ」
「なに、悟ったようなことを言うのさ」
「お前よりは、余程経験があると思うがな」
 指摘をしてやると、ぐっと言葉に詰まり、八つ当たりをするように柳は珈琲に角砂糖を放り込み、小さなスプーンで何度も掻き混ぜた。
「知らないよ、そんなこと。大体ね、怜依はいつも身勝手すぎるんだから。後で始末に追われるのは、いつもぼくばかりだ。たまにはぼくの苦労も知ってもらいたいよ」
「それは、悪かったな」
「過去形で言わないでよ」
「悪い」
「言えば良いってものじゃない」
「どうしてもらいたいんだ、お前は」
「…もう、いいよ」
 不貞腐れて、少年はそっぽを向く。
 やれやれ、と怜依は溜め息をついて、
「――芹沢梓。その少年は、どうする」
 話の起動を修正した。
「任せるよ。怜依の好きにしてもらって構わない」
「誤解されるような言い方だな」
「茶化さないでって言っただろう」
「わざとだ」
「仕返しのつもり?」
 眉を上げて言われ、怜依は黙って珈琲を啜る。
「だがな、柳」
「なにさ」
「俺に出切ることも限られているぞ。名前だけなら幾らでも調べようがあるだろうが、個人を特定するとなると骨が折れる。しかも…」
 頬杖を付いて柳を見遣りながら、
「尋ね人はその梓という少年ではなく、主の側だ」
「それを何とかしなければならないんだよ。『何とかして欲しい』ではなくて、しなければならないんだ、ぼくらは」
「分かって居る。しかし、気になることもあるのは確かだ」
「なに?」
 不審な表情を崩さずに、柳は相槌を打つ。機嫌が悪そうだ。
「芹沢梓の『主』とは、何者だ? 兄弟でも、親子でもなく、単なる知人という間柄とも思えない。となると…、表沙汰にはし難い関係でないかと勘繰りたくもなるだろう」
 ふっと表情が翳り、少年は首を振った。
「それは、ぼくたちが知る必要のないことだよ」
「そうなのだろうが――」
 語尾を濁す怜依に、柳は突き付けるように言った。
「いい、怜依。ぼくたちに、基本的に拒否は許されないんだよ。科せられた務めは果たさなくてはならないし、それがもしも、望まれない目的と手段の一致を見たとしても、ぼくたちがそれを選択する自由は与えられていない」
 分かり切ったことだ。元より、怜依は拒否に対する思い入れなど考える必要性もないと思っている。
「手掛かりは少ないな。…だが、動くしかあるまい」
 ひとまずの行動の指針に検討が付き、怜依は立ち上がる。
「まずは、芹沢梓の身元を確かめなければな。彼の主を捜すのは、その更に後だ」
「ご苦労なことだね」
 両肘を机に付いて、睨みつけるような視線で柳は青年を見上げる。
 怜依も、常人よりは冷えた視線で、少年を見た。口元に微かな笑みを浮かべて。
「貸しは大きいぞ」
「分かってるよ、一々言わないで」
「大丈夫だ、気にするな」
「するよ。時々、後悔するんだから」
「分かっている。だから、一々言うんだ」
「莫迦」
 鋭く少年は言い放ち、洋卓を指で弾いた。
「またな」
 洋卓の上に珈琲の代金を二人分置き、怜依は再び苦笑いを漏らしながら席を離れた。
 一人残された柳は、小さく呟いていた。
「どうしてぼくは、怜依と同じ道を行くことを決めたんだろう」
 硬貨を指で弾き、首筋に隠れた古傷をそっと撫でながら。


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