ディア、魔法使い



 タブレット錠を毎日30錠も食うように飲み続ける彼女に絶望の影を感じ始めた僕は、全知全能の魔法使いを探してネットの波を彷徨った。
 そもそも魔法使いなどというものがいるはずもなく、また同時に全知全能の神の如き人間などが存在するはずもないことを僕自身が承知の上での検索の日々だったものだから、誰もが面白がるばかりで僕に偽りの情報を与え続けるのだった。
 それは僕の彼女が延々と飲み続けるような破滅への処方箋なのだと冗談に冗談で返しながらも密かに全てを諦めかけていた僕の前に、ほんの一筋の光明が見えたような気がした。それは驚くべきことに、僕の街のとある貸し店舗の一室に魔法使いと呼ばれるひとりの人物が失せ物探しを請け負っているというもので、果たしてその人物が僕の求める全知全能の魔法使いと同じ価値を有しているのか否か、僕は眉唾もいいところだった。
 しかしこれ以上の機会は恐らくないだろうと踏んだ僕は、その貸し店舗を訪れることを決めた。そこは大通りに面した何の変哲もない事務所で、看板は掛かっていなかった。磨りガラスで中が見えなかったのを不安に感じつつも、僕は軽くノックをしてドアを開ける。事務所は無人だった。入り口の直ぐそばに応接用だと思われる一組のテーブルとソファがあり、テーブルの上には誰かが書き残したようなメモ用紙が一枚、置かれていた。
 何の気なしにその紙に目を向けた僕は、そこに書かれていたメッセージをまじまじと見つめてしまう。そこには僕の家である古いアパートの住所が記されていたのだ。そこにはつまり、僕の彼女がいる。毎日、タブレット錠を摂取し続ける狂った女がいるところだ。
 一体、これはどういうことなのか。これはまさか、僕が探していた全知全能の魔法使いの仕業なのか。全てを先回りして、僕が訪ねてくることを予見していたとでもいうのか。否、そんなはずはない。こんなメモを残したところで、全くの無意味だ。こんな意味のないことをするはずがない。
 では、違う人物の仕業なのだろうか。しかし、ここでくよくよしていても仕様がない。事務所には誰もいない、ということには違いがないようだ。しかし時間的にはそれほど古い話ではなく、僕と彼女以外の何者かが、紙に住所を記して、しかしそれはメモ程度の価値しかなく事務所において何処かに出掛けるような、つまりは誰かから伝え聞いた住所をその場限りでメモに残した、という行為が行われたのだという解釈しか出来ない。
 それでは僕は、まずは自分の家に帰るべきではないのか。今はもうそうは呼ばれてはいないが誰かにその座を譲って久しいのだという、魔法使いと呼ばれたこともある、僕の彼女がいる部屋へ。
 僕は事務所の奥へ踏み込むことなく、その場を辞することにする。しかしそのときの僕は、とても愚鈍だったと言わざるを得ない。ほんの数歩、その事務所の奥へ足を進めていれば、直ぐに目に留まったのに違いないのだ。
 入り口から正面のデスクの上には、僕が見慣れた、あのタブレットが何十錠も何百錠も詰まった大きな瓶が置かれていたことに。


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