思考の仕方を教えてください



「どうしよう、何も考えられなくなっちゃった……」
 真夜中に電話が掛かってきたときには、何だ事故か怪我か急病かと泡を食ったのだが、相手はただただ泣きそうな声で繰り返すのだった。何も考えられなくなってしまった、どうしよう。そう繰り返すだけの相手に、僕は何も言うことが出来ない。一体何なのだ、本当に、こんな時間に。どうやら、僕のことをからかっているわけでもないことは口調で知れたのだが、その言い分が全く理解出来ないので困ってしまった。何なのだ、『何も考えられない』とは。人は何かを考えずには生きることは出来ない生き物ではないのか。人は考える葦である、と昔の人が言ったのだと聞いたことがあるが、何だ、葦って。川原に生えてる、あれか。あれが思考するのか。それが人のようなものだというのか。人は川原に生えているような細い草に過ぎないということか。精々、考えろということか。幾ら考えても細い足一本で行動することは出来ないではないか。人は考えずには行動をすることは出来ない生き物だ。ひ弱な植物の一種と一緒くたに捉えてもらっては困るではないか。人間はもう少し合理的で生産的で一方で衝動的な生き物ではないか。
「もしもし、もしもし……」
 どうしよう、どうしよう、と受話器の向こうで呟き続けている声に、僕は返事が出来ない。そんな不安げな、不安でしかない、自分は不安というもので出来ている、みたいな声で語り続けられたら、僕は何も考えられなくなってしまう。それでは困るのだ。あちらとこちらで何も分からなくなってしまっては、堂々巡りで世界が閉じてしまう。この世界はたったふたりのためにあるわけではないのだ。僕らはひとりきりでは生きられないけれど、ふたりだから大丈夫だと胸を張って生きていけるわけではない。全ての享受の対象をひとりに向けて満足出来るほど、精神的に貧しいわけではないのだ。逆に考えれば人間は他のどんな生物よりも貪欲な生き物である、ということに他ならないが、そうはいっても完全な孤独と完璧な依存のどちらかを選べ、との選択を突きつけられたら、僕は決断を放り投げるだろう。僕だけではないはずだ。そんな理不尽があってたまるか、そう思うのだ。
「答えてよ……、どうすればいいの……、どうすれば……」
 考えられないのならば考えなければいいではないか。何なのだ、『何も考えられない』とは。人は何かを考えずに生きることは出来ない生き物ではないのか。人は




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