MYTHICAL MAZE 2

 〜誰が猫を隠したか?〜


「大体…、二宮(にのみや)さんは時々、人のことを小莫迦にし過ぎます」
「莫迦にしてなんかいないよ。きみにはいつも感謝してる。子供たちの相手をしてもらってること、本当に有り難いと思ってるんだよ」
「それは別の話です。俺だって、ここに来るのが嫌いだったら、来てませんよ。当たり前だけど」
「じゃ、何?」
「わざと俺を困らせるようなこと、言うでしょう。子供たちの前だからって面白がって」
「そうかなあ…。僕は別に、意識して悪戯してみようとは思ってないんだけど」
「悪戯って、なんですか。俺は二宮さんの玩具じゃないんですよ」
「きみだって楽しんでいるんじゃない? 実は」
「…ほら、それですよ。そうやって平然と人の言葉をかわしてみせるところとか…、人を食ったような態度だと思われても仕方ないと思いますけどね」
「手厳しいね」
「自覚、ないんですか?」
「いや…、あるような、ないような」
「どっちなんですか。…俺だって怒るときには怒りますよ」
「何だか…、今日は随分と言葉が胸に痛いね」
「年上相手には、辛口の評価をした方が、後々、お互いのために良いんです」
「お互いのため、っていうと?」
「ほら、よくいるでしょう? 何か失敗をして謝るときに、愛想笑いみたいな苦笑いを浮かべる人。対面してると、本当に自分に非があったと思ってないんじゃないか、責任感ないんじゃないかって誤解したくなります」
「飲み込みが悪いからかな」 「人によっては、そうなのかもしれませんけど。大人ってのは、反省させるのは得意だけど、自分が反省するのは苦手なように俺は思います」
「批評家の論理だね。過去に対して責任を取り、その未来に対しては責任を逃れる」
「でも、本当のことでしょう?」
「人は常識の概念に固執したがるものだからね、生きている年月が長いほど。つまり必然的に、大人に多くなる」
「そうですよ。若者批判を好んでする人が、裏で何をしているか考えるだけで怖くなりますね」
「それは言い過ぎじゃないかな。全部を疑ったら、全部が怪しいままで結論に辿り着いてしまうものだよ、そういうことは」
「分かってます。けれど…、世の中って、そういうものじゃないですか? 優しいことばかりを期待していたら、足元掬われますよ、絶対」
「うん…、その通り。そうやって、きみみたいに冷静に周りを見つめることが出来る人ばかりだったら、大人の立場は危うくなるだろうね」
「自分は蚊帳の外にいる、みたいな言い方ですね、それ」
「とんでもない。僕はいつだって愁傷にきみの言葉を受け止めているつもりなんだけど」
「違います。そうじゃなくて…」
「そうじゃなくて?」
「…舞台と楽屋を履き違えるな、ってことです」
「ああ、成程」
「大人が全部、何もかも正しいことだけを言う存在じゃないでしょう? むしろ、子供の疑問をはぐらかすのに必死になっている側面、ありませんか?」
「うん、それは、否定しないよ。ただね…、案外それは、子供の側が先入観を持って大人たちを見ている面も大きいかもしれない、という言い訳も出来るんだよ。…もっとも、それこそがきみの言う『はぐらかし』なんだろうけどね」
「うーん…」
「要は、折り合いの問題だ。どっちもどっち、という合理的な判断をするのも、結局は大人の側の示談であって、それに納得出来るかどうかは、また…、個人的な観念の課題だね」
「…」
「どうした、陽介(ようすけ)くん?」
「俺…、二宮さんと会って随分経ちますけど、未だに貴方の本心が見えないような気がする」
「これは…、正面から来たね」
「外堀を埋めようにも、四面が海に面した断崖絶壁だった、って感じですよ、今」
「流石、一端の執筆家。巧いこと言うね」
「茶化さないでください。それ、嬉しくないですよ」
「うん、今のはごめん。失言だったかもしれない」
「そうやって直ぐに謝るのも、…狡いです。責められないじゃないですか」
「経験則だからね、こういうことは」
「経験則」
「ああ…、仲違いの解消の秘訣は、両者が違いの非を認めることにあるんだよ。一方だけじゃ駄目だ。二者が平行線になることはとても難しいことだけれど、でもそれが出来ないことには、出来てしまった溝はそう簡単には埋まらないものだよ」
「…それ、今の話と何の関係があるんです」
「そうやって現実を妥協するのが、大人って奴だよ。きみだって、直ぐに分かるようになる」
「そうなんですかね」
「そうなんだよ。…大人はいつだって、狡い生き物なんだ」
「それは、分かるような気がします。…こうやって直にそんなことを言えるのは、二宮さんくらいだと思いますけどね」
「それは、光栄だと思ってもいいのかな」
「…多分」
「照れてるのかい、もしかして…」
「…っ、なんで、照れてなんか――」
「そうやって、相手の言葉を単純に言い返すことは、それを半分以上肯定していることに等しいんだよ。知ってた?」
「――そういうことを普通に言うから、二宮さんは狡いんですよっ」
「褒められてる気がしないね」
「してませんよ!」


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