そしてぼくらは――をする


 ――エア・レイ。
 彼らが生まれて、最初に吸う空気。
 彼らが生まれて、最初に見る光。
 誰かがいつしか唱えた、短き言葉。
 誰もが心に秘めた、祈りの言葉。

 ――少年は、木々の隙間から零れる光の斜線を見つめていた。
 その白い頬。細い首筋。削り取られたような唇の線。
 その流れる髪。直線的な腕。舞い振る羽根を絡め取る滑らかな指。
 黒い羽根の鳥が飛び立ち、白い羽根の鳥が巣を守る。
 白い羽根の鳥が舞い降り、黒い羽根の鳥が身を捧げる。
 彼らは、そのようにして互いを育みつづけてきた。
 人がその生を生きるように、彼はその生を生きるだろう。
 蒼い鳥が羽ばたくように、紅い蝶が羽ばたくように。
 二羽の鳥がいれば寄り添うように、あの二人の少年は自然と寄り添うだろう。

 ――ある人形師の家系がある。初代の彼は世に随一とも言われた技能を確立した腕の持ち主で、作る人形の外見は生身の者と大差なく、彼は『人を作る者』と呼ばれるようにまでなった。
 ある刻から、何ゆえか彼に子を成す力は宿らなくなった。
 子を宿せなければ、子孫に人形師の技術を伝えることは適わない。
 それは、罰に対する滑らかな刃。

 ――自身の姿を象った人形をつくり、それに自身の魂の半分を込める。
 魂は刻を経て命と変わり、人形に生きる力を与える。
 人形は時を経て人となり、人形師は密かに二者に親子の契りを交わす。
 人の魂を持った人形は、人として成長し、代を継ぐ。
 人形は人形師の子として生を生き、いつしか自身の生きる道を知る。
 人形師の目論見は成功した。偽りの子に、技術は受け継がれた。
 しかし、人形に魅入られたばかりに、彼は気づかなかったのだ。
 彼の息子は人形師である。人形は子を宿すことだ出来ない。
 すると、その子も人形とならざると得ない運命にあった。
 ここに、人形が形作る永遠の螺旋が成立した。

 ――少年は、汚れのない空気を胸に溜め、ゆっくりと飲み込んだ。
 一筋の光を静かに見つめる、藍色の瞳。
 胸の鼓動を継続させ、呼吸をし、血を流し、微笑み、涙を零す。
 けれど、彼は、まだ何も知らない。
 彼の父親も、彼の祖父も、人ではないことを。
 そして、彼自身もかま、人手はないことも。
 そのことを知るには、『彼ら』はまだ早過ぎる。

 ――ある人形師は、やはり自らを象って自身の息子を作った。
 彼の息子の姿を形取り、更に二人の少年の人形を作った。
 生への祈りを込められた義兄弟である。
 それは、自らの運命に故意に入れられた罅だった。
 人形師は三者を離し、それぞれの道を歩ませた。
 人形は、人であるべきなのか、それとも。
 その答えを、彼は出せなかった。だから、それを子に託す。
 人形である以外、彼は人間だった。そこにどんな違いがあるだろう。

 ――巡り合い、という言葉は、それそのものが永久を巡る螺旋である。
 彼らの未来は、決して定められたものではないが。
 少年は、混沌を背に向け、光の指す方角に向かって歩き出そうとしている。
 そちらには、彼と同じ二人の少年が待っている筈だ。
 やがて彼らは出会い、同じ道を歩き出す。
 それは彼らと同じ存在である者、全ての願いに通じる。
 彼が、自ら人形に命を呼び込むべく、その意志を固めたとき。
 少年は全てを悟ることになるだろう。



("Alternate Angle's Cobalt" Be Closed.)


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