デコレーションケーキ



「どーすんだヨ、これ」
 僕は眼前に広がった光景に唖然として彼に呼び掛けた。
「だって、仕方ないじゃない、誰ももらってくれないんだモノ」
 湯原は答えて、箱のひとつを開けた。中から引っ張り出したのは真っ白な土台にオレンジやらメロンやらイチゴやらがゴテゴテと乗っかった、デコレーションケーキ。ホールケーキは何号、と呼ぶらしいことは知っているが、これは直径24、5センチくらいだろうか。一個当たり、何人前なのだろう。カラフルなローソクが何本か一緒に出されたが、湯原は、
「これは、イイヤ」
 と言って、ゴミ箱に放り投げる。
 一般人なら、まさか、という光景がそこにはある。そう、デコレーションケーキの箱が、何十とここにはあるのだ。湯原が着いている席にもテーブルを覆いつくさんとばかりに十数の箱が、足元にもそれを倍々にしたようなふざけた部屋のデコレーション。みんな、この男が持ち込んできたものである、僕が気づかないうちに。
 デザート用ではなく、明らかにメインディッシュの肉やらなんやらを突き刺すのに用いると思われる背の長いフォークでもって、デコレーションケーキを解体していく湯原。勿論、切り崩したスポンジとフルーツは、彼の口の中に、腹の中に少しずつ納まっていく。
「行元も手伝ってヨ、早いうちに何とかしないとただのゴミだから」
 そう言う湯原が、莫迦か、と思ってしまう。手伝って、だと。
 何をだ、莫迦が。そう思ってしまう。
 彼の言う『手伝う』とは、この場合、ひとつしかないではないか。
 この、数十と運び込まれたデコレーションケーキを、共に、食えというのだ、彼は。
 しかも、彼と、僕とで。ふたりきりで、食えというのだ。莫迦だろう、それは。幾らなんでも。莫迦げている。いや、はっきり言って、莫迦だ。遠回しな言い方など、全くそぐわない。莫迦だ、莫迦の所業だ、これは。何の目的があって、こんなことをしているんだ、湯原は。不可能だ、そんなこと。一般人が、4、5人が寄ってたかって騒ぎながら腹に収めるデコレーションケーキを、たったひとりの普段甘いものなど好んで食うわけでもない成人男子が、どうして一個すら食うことも出来るだろうか。
 無理だ。無茶だ。
「どーすんだヨ、これ」
 僕は再び、彼に問う。ちょっと、買い物に出ただけだったのに、どんな方法をもってして、彼は僕のマンションの一室にこんな大量のデコレーションケーキを運び込んだのか。いや、方法はこの際、どうでもいい。実際に、そうやって一室を埋め尽くさんばかりの箱が積み込まれているのだ、それを認めなければ話は進まない。問題は、大問題なのは、その先なのだ。
「どうって、だから、行元にも手伝ってもらおうと思って」
「だから、無理だから、そんなこと。四分の一も食えやしない」
 僕は吐き出すように答える。それが普通だ。誰が好き好んで、デコレーションケーキをホール丸ごと、食おうというのか。誰かが金は出してやるからやれと言ったとしても、そんなことは全然したくない。拷問ではないか、これは。しかし、そんなことは、もう分かっている。僕はもう、その一歩先の話をしたいのだ。一体、これを、これらを、どう処理すればいいのだ。クリスマスケーキはクリスマスにしか売れないというわけではない元々は同じものだ、たまたま、その期間にそう呼んでいるだけのことであって、元を正せば同じデコレーションケーキなのである。何故、湯原は僕の元に持ち込むなどという方法を取ったのか。これでは街先で無償で配布すれば直ぐに捌けるだろうに、と思う。
「じゃあ、僕が何とかする」
 無理だ。
 足元にずらりと広がる箱。それらは全て、同じ形、同じ色合いのデコレーションケーキのものである。最早、途方もなく大きな謎を抱えた気分となってしまった僕は、眩暈すら感じて足を一歩、斜めに踏み出した。その先には箱がある。やばい、と思う間もなく、よろめいた僕はケーキの箱を踏みつけてしまった。
 くしゃり、と音を立てて、箱は潰れた。足に感じる感触は、軽く、固く、そして、それだけである。
 僕は顔を上げて、そして湯原を見た。湯原はこちらを見ていて、そして、ゆっくりと、破顔した。
「サプライズをプレゼント。メリィ、クリスマス」
 やはり、と僕は思った。無茶だ。


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