鬼は外



「節分はどうする? きみんちは豆、撒くのか?」
 データの整理に一区切りついて、私は冷めたコーヒーに口を付けた。
 既に今日の作業は片がついているはずの、机とパソコンを向かい合わせた相手に、私は尋ねる。
「撒きませんよ。なんでわざわざ散らかさなきゃいけないんですか」
 モニタの前で一心に何か同じ動作を続けながら、後輩の彼は憮然として答えた。
「なんだい、機嫌が悪いね」
 モニタの上から首を出して彼を見れば、いつもより明らかに目付きが悪い。
 どうやら彼がしているのは、仕事の続きではなさそうだ。
 片足の膝を曲げ、なにか足を掻くような小さな動きを繰り返している。
「昨日、彼女と喧嘩しました。別れますよ、あんな奴」
「おやおや」
 確か、学生時代からの付き合いじゃなかったか。ならば、6、7年にはなるのか。
 所詮は腐れ縁ですよ、と彼は言う。
「腐れ縁ねえ」
「何ですか」
 大人になってからの腐れ縁は、本物の縁だと思うがね、そう私が言うと、
「そんなものは幻想ですよ。学生のときと価値は変わらない」
 そう彼は言うのだった。若人の言うことは難しい。
「おかげで今年のヴァレンタインは誰からでも大歓迎ですよ」
「なにを」
「チョコレート!」
「きみ、チョコ嫌いじゃなかったっけ」
「ここ数年は。でもまた好きになったんです、今日から」
「昨日から、じゃなくて?」
「もう、日付は替わってましたからね」
 もうその話はいいじゃないですか、そう彼は言った。
「……さっきから、何をしてるんだい」
「ペディキュアを剥がしてます」
「何だいそれ」
「マニキュアって知ってるでしょ」
「爪に塗る奴」
「そう。それの足ヴァージョンです」
「それが、なんで、きみの足に」
「あいつが塗ったんですよ、置き土産に、俺の足に。全く。さっき、わざわざ除光液買ってきましたよ」
 彼はぶつくさ言いながら作業を続けている。どうやら足の指全部に化粧が施されたらしい。
「とんだ嫌がらせですよ」
 足の指全部にそれが塗られている間、彼は安気に見守っていたのか、それとも暢気に寝入っていたというのか。別れる別れないの話に繋がるような喧嘩をして、か。いやいや、それでは話の筋が通らないではないか。私は少し考えて、訊いてみた。
「きみたち、本当に別れたのかい」
 はあ、と彼は答えた。語尾は上がっていた。
「言いましたっけ、そんなこと」
「言ってたよ。喧嘩して別れたって」
 ああそうですか、と彼は言う。
 別れたいですね、あんな奴、本当に、と。


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