処方箋



「あわわわ」
 丁度、仕事が終わって家の前にクルマを止めようとしたところだった。
 目の前に『処方箋』が転がってきたのだ。
 もう少しで轢いてしまうところだったが、停車する寸前だったので、危うく難を逃れた形となった。
「いやいや、申し訳ありませんでした」
 これも何かの縁だからと『処方箋』を家に招いて、お茶の一杯でもご馳走しようと思ったのだが、『処方箋』は頑として首を縦には振ってくれない。なんでも、それは規則なのだという。たまたま知り合った人の家に厄介になっては、それ以外の者に不公平ではないか、ということで昔、散々揉めたことがあるらしいのだ。それならば仕方がない。
「私たちが『常夜灯』や『桐箪笥』、それから『刺身包丁』みたいならば良いのですけれどね」
 『処方箋』はそう言って、なんだか寂しそうに笑った。
 確かに『常夜灯』などに比べると、『処方箋』はどうしても風に舞ってしまうのが困りものだ。
「いえいえ、貴方がたがいないと私たちの生活もままなりませんから」
 そう答えて、私は『処方箋』に玄関先で待つように言付けた。
「どうぞ、お構いなく」
「そうもいきませんよ」
 大袈裟に遠慮する『処方箋』であったが、私は台所から缶コーヒーを2本、『処方箋』とその相方にと、手渡した。いつも『処方箋』には相勤者として『感熱紙』が付き添っているのだが、今日に限って、『感熱紙』は急病のために休んでいるのだという。そういう日もあるのかと、私は目からウロコが落ちた。それを知っただけでも、『処方箋』にはお礼をしなければならないくらいだ。
「ありがとうございます。このお礼は、近々」
「とんでもない、私の方こそ、ありがとうございました」
 そう、お互いに深々と会釈を交わして、私たちは別れた。


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