アカザから、電子メールが届いた。
アカザ、という名前は、僕以外の者にとっては、恐らくどうでもいい名前だ。
けれども、僕の脳裏からは、恐らく、生涯、消えることはないであろう、ひとりの人物の名。
電子メールなど、寄越すような相手ではなかった。
否……、そもそも、彼は、僕に、メールなど送れるわけがないのだ。
経緯など、やはりどうでもいい。しかし、そんな事実を裏切る事実が、ここにある。
薄暗い部屋の中で、ぼんやりと浮かび上がるディスプレイの光。
貴方にも、そんな相手がいないか?
最早、記憶から抹消してしまいたい相手が。
そうであるほどに、克明に、過去にこびりついてしまう幻影が。
僕の手の動きに同調して、画面の中で揺れ動くカーソルが、件名が書かれていない一通のメールを開いて内容を表示するべきか、それとも、このままなかったことにして消去してしまうべきか、迷っている。僕は、迷っている。過去の記憶は今、現実に起きていることとは乖離させて、今、考えるべきことから一所懸命、必死に、遠ざけようとしている。同時に、どうしようもなく抗いがたい欲求、衝動、願望が湧き上がるのを止められない、堪えられない、抑えきれない。どうしようもないのだ、それは。かつての自分がどうしようもなかったことを、この世で一番よく分かっているのは、この僕だ。そして、この世で二番目に分かっていた、理解してたのは、アカザなのだ、きっと。僕はそう確信している。そう……、今でも、そう、思っているのだ。未だに、そう信じているのだ。彼は僕の理解者であったと。
そのメールに、生の彼のメッセージが含まれているとは、とても僕には思えない。
けれど、それは遺物でもないはずだ。ただ、言葉が並べられている、というものではないはずなのだ。
僕たちは、かつて、バラバラになった。それきりだ。
そのまま、独立したピースでいるままであることが、考え得る最高の幸せの形であったはずだ。
それを彼は、或いは僕は、否定しようというのか。それが得策ではないと分かった上で。
過去は、現実ではない。当たり前のこと。しかし過去にとって、現実は、未来と同義ではないのか?
恐らく、僕は、そう問われている。
アカザから届いたメール。このメールの中身は、空なのではないかと、僕は考えている。彼が、僕に、そんな独白めいたメッセージなどを送るはずがないからだ。だから、このメールはフェイクであるはずなのだ。そうでなければいけない。僕と彼が、僕と彼である以上、そうであるべきなのだ。しかし、その不文律を敢えて破ることが出来るのが、彼という人間だった。だった……、そう、それも、過去の話だ。だから、現実、このメールがアカザ本人の出自である必要性が、僕にはないというのもそういうことなのだ。彼が僕に何かを伝えたいのであるのならば、直に耳元で囁けばいいだけのこと。人生最後の戯言を染み込ませるように。
過去と決別する必要はない。過去というものなど、ここにはない。だから、このメールは、読む必要はない。
その代わりに、僕にはするべきことがひとつ、出来たようだ。
僕はパソコンの電源を落とし、そして、行動をすることにする。
アカザから届いたメール。過去の遺物を消去する勇気を持てないまま。
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