eメール



「もう、最低! 別れる! 最低、アイツ!」
 友人と顔を合わせたと思ったら怒鳴り込んでくるので、私は面食らった。
「なに、どうしたの」
 何の話かと思ったら、今付き合っている彼氏のことらしい。
「もう我慢出来ない。終わった。何もかも。ていうか終わってるアイツ」
「落ち着いてよ、だからどうしたの」
「言いたくない。吐き気がする、ホント」
「それじゃあ分からないじゃない」
 しばらく待つと、彼女はケータイを取り出して、
「見る? 見たら引くよ、マジで」
 そんな人を脅すようなことを言って、操作を始めた。
「アイツのメール。もう普通の人間じゃない。おかしい」
 彼女の手元で受信メールの画面に切り替わり、
「ほら。引くでしょ」
 そこに書かれていたのは、恐らく一番最近受信されたメールの文面。

『イマナニシテル?オレシゴトオワッテコンヤハヒマ。ヒサシブリニドコカメシクイニイカナイ?ジカンアイテタラメールクダサイ。』

 絶句した。正直、引いた。
 メールの文面が全部、半角カタカナなのだ。
「……なに、これ」
「メール。アイツの」
「いや、うん、だから、どうしたの。ケータイ壊れたの?」
「そうじゃない。これがアイツの普通なの」
「は? じゃ、いっつも、こんななの?」
「そーおーなーのー! もう宇宙人と話してるんじゃねえかってなる。狂う」
「ていうか、アンタのケータイが壊れてるんじゃないの?」
 普通は、そう考える。
「違う。ほら、こっち、あんたからのメール」
 そう言われて画面に出たのは、つい先程、彼女との待ち合わせにと私が打ったメールだった。文面は全く普通に、ひらがな、カタカナ、漢字、それから不肖ながら顔文字も表示されている。
「アイツのメールだけ、いっつもこうなの」
「……あいつって、そんな話し方する奴だったっけ」
 彼女は激しく首を振る。
「ぜんっぜん。だから気持ち悪いんだって」
「わざとやってんのかな、コレ……」
 まさか確信犯的に、メール送信に掛かるパケット代を節約しようとして……、いやいや、普通に全角で漢字を使って文を作った方が、余程短くまとまるようにしか思えない。
「知らないよ。怖くて訊けない」
 本当だ。わざとでないのなら、それは正直、怖い。昔、流行った、電波系というやつなのだろうか。
「……よく我慢してたねえ。随分な変わり者だったんだなあ」
 正直、呆れた。そんな奴がいるのか。
「それで済めば、あたしだって我慢するよ。てか、我慢って何よ。やっぱ無理」
 最早半泣きになっている彼女の頭を撫でて、
「よしよし」
 私は慰めるしかないのだった。
「ところでさ」
「なに」
「返信。しなくていいの?」
「するわけないじゃん、莫迦。もうお仕舞い。これっきり」
「あそう。そうね……、そうだね」
 今の私たちには、どうにも出来ない種類の問題らしい、これは。
 お互いにメールさえしなければいいのではないか、とふと思ったのだが、彼女にしてみればもう遅いだろう。これも一種のケータイの弊害なのだろうか、と私は思った。……変な話だ。


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