殺人



「あ、美味いね、このコーヒー」
「だろ? 俺、結構こういうの巧いんだぜ。インスタントだけどな」
 いつものように長閑な情景が手元にあって、何故か逆に詰まらなくなる瞬間というのも確かにあって、俺と相方はいつものように、文芸部の部室で安穏とお茶をしていた。そこに、
「先輩、先輩!」
 後輩くんが怒鳴り込んできた。といっても、その顔は妙に嬉しそうである。そして、
「殺人ですよ殺人!」
 その口からは物騒過ぎる響きの言葉が飛び出したのだった。
「マジ!? 何処だよ?」
「中庭ですっ」
 息を切らして言う様は冗談を言っているようには思えず、俺と相方は顔を見合わせる。
「ホントのホントかよ」
 俺の相方は訝しげに問うが、
「ホントのホントです。もう何人も刃物持って、斬り合ってるんですからっ!」
 学校の中庭が何処ぞの組の抗争の舞台に選ばれてしまったのかと、それを聞いたとき、俺は一瞬背筋が震えそうになった。
「みんな見に行ってますよ。オレたちも行きましょうっ」
「え……、行っていいのかよ、そんなところに」
「いいから。ほら、先輩も」
 俺と相方は、後輩くんに背中を押されて中庭へ向かったのだった。すると、現場では本当に十数人の男たちが大立ち回りの斬り合いをしているのだ。これには流石に驚かずにはいられない。殺気がみなぎり、低く鋭い断末魔が空気を震わせ、廊下から様子を伺う者からは押し殺したような悲鳴が時折聞こえる。
「オレ、殺人を生で見るのって初めてですよぉ」
 後輩くんも滅多に見られない光景にテンションが上がっているらしい。俺も相方もそれは同じで、いつしか握った掌はじっとりと汗ばんでいた――。

「あ、ここ訂正ね」
 俺はパソコンの画面を見ながら、原稿の執筆者である後輩くんに注意をする。
「『殺人』じゃなくて『殺陣』ね。本当に殺しあっちゃ駄目でしょう」
 『殺陣』と書いてタテと読む。時代劇などの立ち回りのことである。サツジンとも、読む。
「ホントだ、すみませーん」
 後輩くんはいまいち悪びれない返事をして修正を始めた。ある学校に、突然映画の撮影隊が現われた、という話らしいのだが、コミカル劇にしか思えないのは何故だろう。登場人物が自分たちであるだけに、妙な気分なのだ。
 やれやれ、と俺は手元のコーヒーに口をつけた。
 インスタントだが、なかなか侮れない味なのである。


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