遅れた客



 その夜は、適当にホテルを選んで泊まることに決めた。フロントでキーを預かり、部屋に入ってベッドの上に荷物を放り、シャワーを浴びる。予定外の駐留だったが、明日の予定に支障は出ないだろう。会う予定の男に電話を掛け、受話器を下ろした瞬間、ノックの音がした。重い身体を引きずるように扉に向かう。
「失礼致します、お客様――」
 スーツを着た、支配人らしき男が立っていた。表情が妙に芳しくない。
「何か?」
 深夜の訪問に不機嫌を感じつつ、平静を装う。
「不躾とは存じますが、受付の者から、お客様に思い当たるところがある、ということを聞きましてお伺いしました」
「はあ……、以前に会ったことがあるんでしょうかね。私は気づきませんでしたが」
「そうでしたら、私共の勘違いで済ませたいのですが……」
 もどかしいものの言い方をする彼に、私は少々苛立っていた。
「別に……、逃亡犯の顔写真として私を見た、なんていうわけでもないんでしょう? なんなら警察に問い合わせてもらっても、私は構わない」
「いえいえ、そうではなくですね。一つだけ確認をさせて頂きたいのです」
「だから、何なんです」
 すると彼は縁無しの眼鏡に中指を掛け、俯き加減に、
「私も俄かには信じ難いことだと思っているのですが、どうしてもと言われたので、お話しします。その者が言うには、昨夜の夢の中でお客様に似た男を見た、と……。それも、当ホテルの一室で殺された者として。服装も、名前も、部屋番号も同じだったというのです――。……ああ、お気を悪くされたのでしたら、本当に申し訳ありません。しかし……、お客様は先程、外線に電話をお掛けになりましたね? 取り次ぎの記録が残るので、分かるのですが。そのお相手の方……、もしやすると、後程こちらにいらっしゃるのではないですか? つまり、この部屋でどなたかと会う予定があるのではと。差し支えなければ、そのことだけ教えて頂きたく存じます」


目次


Copyright(c) Kazui Yuuki all rights reserved.

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送