人形



「はあ、はあ、はあ……」
 腕に込めていた力をようやく抜いて、呼吸を整え、そして私は目の前に倒れた人物を見遣った。……いや、それはもう人ではなく、生命活動を断ち切られた肉塊に過ぎない。私が、彼を殺したからだ。自分の、この手で。首を絞め、殺した。……そう、殺したのだ。
「お前がいけなかったんだ」
 私は呟く。殺意を剥き出しにさせたのはお前の方なのだ。私の行いは正当防衛だ。……そう思いつつも、私の心は不安に襲われる。人を殺した事実に変わりはない。
 そこで気付いた。彼の首には、私の手が残した扼殺痕、鬱血がくっきりと残っていた。冷静になれ、と自分に言い聞かせる。私が殺したのだと気付かれぬよう、死体の処理をしなければ。
 車のトランクにあった鉈で彼の首を半ば潰すように切り取り、同じようにして四肢も切断して指紋の照合が出来ないようにした。 首と四肢は更に細かく分断し、生ゴミにでも出してしまえばいい。後の胴体は近場の山中に捨てに行こう。見つかっても、身元が割れるまでには時間が掛かるはずだ。……大丈夫、首さえなければ、私が彼を殺したという証拠は残していない。
 山中に死体を投げ捨てる。暗い森の中、鴉の鳴き声がした。いっそ、奴の身体を全て平らげてもらいたい、そう思う。

 疲れきって自宅に帰った私を、愛しい息子が出迎えた。お帰りなさい、と無邪気な声で私に微笑む彼を見て、私は彼の微笑が私の罪を赦しているような錯覚に捕らわれそうになる。
 そうだ……、それは免罪なのだ。幼い者を守るためには、命を奪うことに躊躇してはならないと、野生の獣たちは本能で知っているではないか。私はそれを実行に移したに過ぎない。
 全ては、そういうことなのだ……。
 しかし次の瞬間、私の背中を冷や汗が流れ落ちる。
 こんなものを見つけたよ、と何かを差し出される。
 息子の手には一体の人形が握られていた。
 首と四肢を引き千切られた、無残な姿の、人の名残りの姿のような。
 その小さな人形の背中には、……見間違えようもない、息子の名が縫い取られていたのだ。


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