不夜城



 盤面がひび割れて止まった時計が手首に巻かれていて、けれど針はまだしつこく身動きをしていて、それが死の直前の痙攣のようで、……動かない一秒一秒が鼓膜を傷つける。
 代わりのように動く手首の脈動から、その一拍一拍の度に、手首から出る赤い液体が零れて、地面に染みを作る。
 柔らかな素肌が、柔らかな銀の髪が月光に映え、微風に震え、……彼は僕に両手を伸ばし、
「いいんだよ、殺しても」
 全ては闇が定めし無常。
「きみとここまで来たのに」
 と僕は首を振るのだけれど、銀紗のような微笑みが僕を誘う。
 それと同じ色の紐を手に握り、僕は彼に歩み寄る。
 背中を覆う白い羽が、しっとりと夜の露に湿る。鎖骨に溜まる濡れ羽の雫が、彼の首に手を回す僕に触れ、持ち上がった口角と首の線が、この上なく艶かしく。
 街の彩りが移り出す。闇が空に色を付け始めた。
「さあ、早くしないとぼくはいなくなってしまう」
「さあ、早くしないと彼が来てしまう」
「貴方はどちらを選ぶの?」
「優しさを手放せないぼくか」
「弱さを隠し切れない彼か」
「強さを信じられないぼくか」
「非情な愛を許さない彼か」
 世界は嘘をつくように姿を消し始め、僕たちは嘘に対する言い訳をずっと捜し求めて生きてきた。
 ……でも、もうそれも終わり。
「貴方はぼくを必要としない」
「貴方は彼を必要としていない」
「ぼくは貴方を求めていない」
「彼は貴方を救おうとしない」
 切なさばかりがすれ違い、僕らはまた闇の中に踏み出すのだろう。夜明けは遠く、明日はなお遠く。
 僕たちはまだ、眠れない。


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