言葉の校正師



 誰でも、こんな経験があるだろう。
 頭で思った言葉を口にしたいのに、何故か喉の辺りで引っ掛かったかのように声が出てこない、ということ。不意のことに困ってしまい、ついには結局伝えられない言葉が時折あるはずだ。
 そんなときには、きみの後ろに校正師が微笑みを浮かべて立っている。真っ黒いスーツ姿の粋な奴。
 彼は自分の思い通りに言葉を組み替えることが出来る力、能力を持っている。技能と称するべきかもしれない。きみの話そうとする言葉を校正しようと、闇色の微笑みを用意して待っているんだ。
 そんなときに安易に何かを口にしようものなら、きっととんでもないことを口走ってしまうだろう。だから無意識に喉の辺りでストップが掛けられているんだ。
 そんなときには、大切な言葉でも一度、言うのをぐっと我慢した方がいい。失言っていうのは、そういうときに生まれる校正師の悪戯なんだ。
 迷惑な奴だって思うかい?
 彼が去るのを我慢して待って、心の中で言葉を二度繰り返したら、その大切な一言を相手にちゃんと伝えよう。それならきっと、心のままに伝えられる。
 校正師がいるってことは、それが本当に大切な一言なんだから。
 彼の本当の役割は、それなんだ。本当は、彼は悪戯なんてしていない。そんな振りをするだけなんだ。
 そうすれば、みんな、言葉を丁寧に使ってくれるからね。

 実は結構、いい奴だろう?


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