エンカウント



 雨は依然降り続いていて、僕の眠りを覚ましたのも、どうやらその響きのようだった。
 いや……、耳元で鳴り響き始めたのは、ホテルの各部屋に設置の、電話のベル。
 嵌めたままの腕時計を見れば、真夜中もいいところだった。突然の電話に不機嫌さを自覚しながら受話器を上げると、
「外線512番に繋いでください」
 そんな筋違いの声が聞こえ、絶句する。アウトサイドラインへの結束を求めるフォンコールだった。
「今直ぐあの人と話したいんです」
 名前を名乗らぬ声の主は、相手が僕だということを確認もせずに、飛躍した会話を始めようとする。外線512番と言われても、ここはホテルのフロントじゃない。
 けれども僕には貴方の望みは叶えられない、と掛け間違いを指摘して終わらせる、そんな親切は詰まらないと僕は思った。安らかとはいえないが眠りを妨げられたのだ、
「分かりました」
 小さな悪戯心が首をもたげた。
「こんばんは、お久しぶり」
 と少しの沈黙の後に呼び掛ける。電話の主の求める相手の影武者を演じてみたくなった。
「連絡を待っていたよ」
 こんな話し方でいいだろうか、と僕は中途半端に鼻に掛かったような声を出す。笑いそうになるのを必死に堪えた。人を騙すのは意外に楽しいことを僕は知っている。
 ふと……、無意識に、視界の裏にあの人の姿を思い浮かべていた。僕とよく似た悪癖を持つ、幼馴染み。
 その時。
「こんばんは、お久しぶり」
 と相手の声の調子もが突然変わった。電話の向こうの声の主が代わったのだ。僕たちの間に介入者が現れた。その声は、気づけばたった今思い浮かべた僕の友人で、
 ……罠に嵌められたのは僕の方なのだと、ようやく僕は気づいた。
 最初から、この夜のために仕掛けられた罠だったのだ。
 大体、僕はこの電話の外線番号を知らない。フロントを介していたのなら最初にそう告げられるはずだし、だからホテルの一室に直接掛けられた電話を取るのは初めてのことだったのだ。失念していた。

 僕と彼の接触は、その時始まったのだと言っていい。
 雨の日の夜はまだ長い。
 僕たちの会話も、予想外に長くなりそうだった。


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