「むにゅむにゅ…」
なんだか、すごく気持ちいい夢を見ていた。
なんだっただろう、思い出せない。
目が覚めるちょっと前、自分の寝言を聞いたような気がした。
誰かの名前を呼んだような。
誰だろう。
□ □ □
柔らかい布団の感触が、とても気持ち良くて。
ボクは、夢から覚めても目を開ける気にはなれなかった。
でも、目を開けろ! って言うみたいに、瞼にチクチクしたから、仕方なく。
「ん…っ」
目を開けると、ちょうど、お日様がカーテンの隙間から部屋をのぞき込んでいるところだった。
「まぶし…」
それが目に飛び込んで、喉の辺りが少しむずがゆくなった。
喉をなでて、目をこすって、…少しぼんやり。
それから、しばらくベッドの上でごろごろしながら、足は半分、夢の中。
向こうからこっちへ、行ったり来たり。
身体に毛布を巻きつけて、半分、遊んでる。
うとうと。
起きようかな、でも眠いな…。
うー…、やっぱり眠いよー。
でも、やっぱり起きなきゃ。
思い切ってっ。
「んー…っ」
ボクは、軽くあくびをして、軽く伸びをして、起き上がった。
ベッドの上で、やっぱり、ぼんやーり…。
「ふぁ…」
また一回、長いあくびが出た。
あ、なんか、気持ちいい…。
足元がふわふわしているような、変な感じ…。
「くう…」
――。
――。
…はっ、また寝そうになっちゃう。
ボクは、ちょっとだけ慌てて、ベッドから降り立った。
寝起きで、なんだか身体が重いような気がする。
がんばれ、ボクっ。
起きたばっかの自分に、気合いを入れる。
寝てばっかじゃダメだぞ。
男の子は元気が一番だぞ。
…でも、やっぱり、ちょっぴり、少しだけ、なごりおしいかも。
部屋の扉を押し開け、なんとなく顔だけ出して、様子をうかがってみたりする。
だぁれもいない、やっぱり。
みんな、もう下にいるのかな。
――家の二階。
ボクが寝ていたのは、その一番奥の、子供部屋。
…カーペットの敷かれた小部屋から出る。
高い天井、意外と広く感じる廊下。
フローリングの床は、ちょっと冷やっこい。
カーペットの、ふあふあっとした感じも好きだけど、足にぺたぺたっとする、こんな感じも好きなボク。
すぐに、一階への階段が見えてくる。
トン、トンと、テンポよく階段を下りていく。
一歩一歩、少しずつ音が違って聞こえて、いつも、面白いかも、なんて思う。
下りきったら、廊下をまた少しだけ進む。
戸を一つ挟んで、リビングルーム。
リビングには、もうみんな起きて、そろっていた。
ちょっと寝坊したかも、とボクは思う。
いっつも、ボクは、寝坊してしまう。
でも、柔らかーい布団で寝るのって、気持ちがいいし。
ほら、寝る子は育つ、って言うし。
――それに、今日は日曜日。
みんなも、いつもよりたっぷり寝て、寝坊していたみたいだ。
ボクも、たっぷり寝ることができて、ちょっと嬉しかったのが、本音。
「ユイ、おはよう」
ボクがリビングに行くと、いくつもの微笑みが返ってきた。
そう…、ボクの名前――、ユイ。
お母さんのそばに行って、おはようを言うと、
「おはよう」
の声と一緒に、優しく頭をなでてくれる。
…ん、ボクは、なんかちょっと、嬉しかったりする。
それから、お母さんは朝ごはんの用意をしてくれた。
いつもの席に、こんな朝にはお決まりのメニュー。
半分あけられていたリビングの窓から、気持ちいい風が吹き込んでいた。
今日も、いい天気。
日の光に目を細めて、ボクもちょっと、いい気分。
――この街に引っ越してきて、卿で、まだ四日目。
ボクは…、ボクたちは、この街では新参者、というヤツだ。
家から一歩出ると、もう全てが新しいものばかりのよう。
だから、家の周りは、実はほとんど分からない。
どこに何があるのか、どこに何が…、誰がいるのか。
昨日までは、家の中を見回って、周囲を見渡して、この街には何があるのか、いろいろ考えるだけだった。
引っ越す前の家も、ボクは好きだったけど。
新築の家の匂いは、なんだか不思議な感じがして好きだ。
…玄関の、まず一番に感じる柔らかな香り。
家全体の匂いが、少しずつ分けられているような、不思議な感じ。
リビングの、広い中に漂う、いろんな匂い。
こっちは、家のみんなの匂いが混じり始めてて、なんだか安心する。
キッチンは、シャボン玉のような匂いがいっぱいする。
そのうち、前みたいなフルーツのような香りになるんだろうか。
ハーブの香り(の、セッケンの香り)がする、バスルーム。
畳のアオい匂いがちょっと不思議な、和室。
押入れの中の布団に向かって飛び込んでみたりして、ちょっと叱られた。
洋室の、新品のカーペットのふわふわ感。
その下に隠された、フローリングの板の匂いが微かにする。
そして、風の中に洗濯物のさわやかな香りがなびく、ベランダ。
みーんな、好きだ。
けど、やっぱり、新緑の香りがする、外の匂いは、ボクはもっと好きだ。
庭は大きくて、芝生が広い。
まだ手は付けられていない花壇には、これからどんな花が咲くんだろう。
庭のすみっこには、一本の大きめの木が生えている。
緑色のきれいな葉っぱがたくさん生い茂っている木にも、何かの花が咲くんだろうか。
ボクは頭の中でいろんな色を想像する。
それから、大きな木に、ちょっと登ってみたくなったりした。
見つかったら怒られるかもしれないから、今はまだ、挑戦はやめておこうと思ってる。
でも、いつか、挑戦しようとは思ってる。
ちょっとだけ怖いけど、どうせ登るなら、てっぺんまでだって、決めてる。
この家に越してきた家族みんなが、それぞれに期待とか、これからへの楽しみとか、いろんな思いを考えているんだろう。
家族の一員として、そんな気持ちは、よっく分かる。
新しいもの、っていうのは、それがどんなものであっても、やっぱりいい。
なんでだろ?
それはちょっと、分からないけど。
だから、もう全部が新しいこの街は、宝の山みたいだ。
発見だらけだから。
だからボクは、今日、お散歩に出かけることにした。
外を歩くと、いろんな新しいことや、面白いことが見つかる。
それを見つけるため…、というのは、ちょっとおかしいかな。
見知らぬ土地で歩き回ることは、実は結構、大変なことなんだ。
見知らぬ街の中で、道案内もなく歩き回る…。
そういうのは、ちょうど、大きな迷路の中に突然放り込まれるのと同じくらい、ドキドキする。
けど、それは不安じゃなく、楽しいような、嬉しいような、…そんな。
そのドキドキも、今しか味わえないんだ、と思うと、なんだか楽しいかも。
いつも、そう思う。
今、宝物だと思っても、それも、そのうちに当たり前のものになっていくのかもしれない。
あれ…、そう考えると、ちょっとだけ、さみしいのかもね。
朝ごはんを食べて、顔を洗って、身支度を整えて。
あったかくて、気持ちよくて、自然と気分がはずむ。
こんな日は、絶好のお散歩びよりだ。
「いってきますっ」
そう言って、ボクは元気よく外に出た。
ボクは、宝物を見つけられるだろうか。
そんなことを考えながら、ボクは出発した。
■ 後編>>
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