ミッシング・スレッド


 彼の姿が消えたのは、一ヶ月ほど前のことだ。
 姿、と言っても、生身のそれではない。オンライン上、つまりは、オンラインウェブの世界での、仮の存在のことである。だが、ネットによく現れる者のそれが確認出来なくなったときには、現実世界での在所にも不審が宿る。実際、オレは彼の失踪に不安感を募らせてきた。
 …一ヵ月後の今日、そのメールは、何の前触れもなく送られてきた。
 差出人は『ミサキ』。タイトルには『親愛なる、コウタへ』とある。画像添付のメールで、それは大きなデータだった。どうやらビデオらしい。
 直ぐ様ファイルを開くと、小さな画面がウィンドウに展開された。
 白い壁紙と、モスグリーンの窓幕。その手前に白いパイプベッドがあり、そこにはリンネルの上衣を着た少年がいた。額から右目、そして顎に掛けて、真っ白な包帯が巻かれている。儚げな微笑みと線の細い上半身を見ただけで、彼が話し出す前からオレは彼が『ミサキ』だと分かった。
「初めまして…、というもの可笑しいね。コウタ、僕がミサキだ。こうして実際の絵で姿を見せるのは、初めてになるね。きみとは沢山遣り取りをしてきたから、今更お堅い挨拶は抜きにしようか」
 彼は、そう切り出した。
「…その初対面で最初に話すことにしては突然で、大袈裟に思われてしまうかもしれないけれど、聞いて欲しい。僕は、あまり人には言いづらい、大きな病を抱えている。風邪みたいに自然治癒なんてとても望めないような、ね。生まれつきの病気に、遺伝性の病が併発したんだ。おかげで、普通の人より長く生きられないことは確実で、懸命に生きることに集中した。
 でも…、その猶予も、もう、あまりない。何らかの処置がなければ、このままでは僕は半年も生きられないだろうと医師から宣告を受けた」
 そこ口元には笑みが浮かび続けている。オレは、何時しか食い入るようにモニタの少年を凝視していた。
「こうして話していても、何だか冗談のように聞こえるから不思議だな。…でも、今話していることに嘘は一つもない。僕の命を賭けて、そう宣言する。
 これをきみに話すのは、色々と話をしてきて、きみのことが姿の見えない友人の中の一人でも一番信頼出来ると思ったからだ。もしも、僕がこれから話すことに不快を感じたなら、遠慮なくこのメールは破棄してくれて構わない。
 …だけど、もし、きみも僕のことを少しでも友人として信頼してくれているなら、僕が再び言葉を送るときまで、少しの間だけ、ファイルの中に取って置いてくれたら、嬉しい」
 まるで、一時の別れをほのめかす口調に、オレの手は自然ときつく握られ、その内側にじわりと汗が滲むのが分かる。ミサキは、感慨深げにとも取れる表情で、続けた。
「一週間後に、手術をすることになっている。規模の大きい術式で、けれど成功率は無きに等しいと言われている。成功したら、僕はもう少し生きることを楽しむことが出来る。失敗したら、高い確率で…、命を失うだろうと説明を受けた。
 …僕は賭けてみることにした。報酬は自分の命、チップも自分の命、そのものだ。ギャンブルとしては不謹慎だけど、これが一生に一度許されるチャンスなら、悪くはないだろう?
 こういう形になるとは予想していたけれど、ずいぶん迷ったんだ。でも、僕はこれをきみに送る。これは、僕の意志だ。簡単に運命なんてものに屈しないためのね。だから、そうしたら、もう一度これを見返して、きみと一緒に笑いたいと思う。コウタには、証人になって欲しいんだ。…これは、未来の自分への願いかもしれない」
 オレは、瞬きも出来ずに彼の瞳を見つめていた。黒い澄んだ瞳が、画面の向こうの知らない相手を見つめている…。ミサキの話が、もう直ぐ終わることを、オレは察していた。
「これで、もう」
 微笑んで、彼は最後に言った――。
「全部からサヨナラかもしれない…、勿論、自分のしてきたこと、それから、今回の決断に後悔はしていない。…けれど、心残りもあるな。
 僕たちは、お互いに知らないことが一つだけある。この世界に身を置く者には仕方のないことかもしれないけれど、でも、だからこそ敢えて教え合わなかったことがある。だから、それを僕はきみに話しておこうと思う。…そして、僕が無事に戻ってこれたら、今度はきみから、それを聞きたい。
 僕は――」


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